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「愛国心」教育の是非論争は愛国心の「国」をどう性格付けるかで賛否は分かれる
と思います。「日の丸君が代」是非論争がどういう国家観を前提にするかで賛否が
分かれたのと同じです。
大きく見ると、1つはイデオロギーに基づく反対意見。もう1つは先の大戦に起因
する感情的反発論に分別できます。
現国家の本質を階級支配手段としての暴力装置と見れば、「憎国心」こそ必要であ
れ、「愛国心」なぞ唾棄すべきものとなりましょう。共産。社民。その支持組織及び
支持者とおぼしき人達の意見を見れば強弱の差はあれ一目瞭然です。
逆に現国家の本質を国民の幸福追求手段としての強制力(憲法13条)と建前通り
に見れば、それ相応の愛国心は必要と言うことになりましょう。
感情的反発論の想定する 愛「国」心 は現国家の背後に天皇制絶対国家が二重写し
に見えるようです。意図的に見ている節さえ窺える意見もあれば、アナキズムを
指向しているらしき意見もあります。
私見では、市民社会の構成原理である個人主義理念と社会契約論のみでは現行憲法の
指向する福祉国家の実現は困難と考えます。個人主義理念は国家に対して遠心力とし
て働きます。国家がゲゼルシャフト的結合に尽きるのなら、自分に損であれば富と能
力のある者ほどspin out していくはずです。
一方福祉国家論は経済的強者と弱者の相互扶助が前提です。両者の利害の溝を埋める
ものは遠心力を相殺するものとしての求心力=ナショナリズムしかないと思います。
ヒューマニズム一般で福祉国家が実現されるほど社会も人もまだ成長していない様な
気がします。
http://www.geocities.com/g46g46/ike.htm
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