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RE:感想
投稿者:
quwa
投稿日:2006年 2月 7日(火)12時40分10秒
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タコ太夫さん。こちらこそはじめまして。
ひとつは、先祖崇拝については私はほとんど触れていません。単に文化的なものなのか、宗教的なものなのかという区別が明確でないからです。戦中の日本的基督教というムーブメントがありましたが、国家神道は日本の文化なので宗教とは別なものだ、偶像礼拝ではないという認識が広まりました。しかしこれはキリスト教として根底に関わる問題だったと思います。教会は被害者と考える向きもありますが、牧師が自ら説教を捨て戦地に赴いたり、青年大会は戦地での犠牲愛を美化したりと、多くの教会は礼拝のできないようになり瓦解したのです。
そうした過去と向き合って考えた結果、私のスタンスはあくまでも民俗学や文化人類学などに裏打ちされた文化的因習をターゲットにしています。私は概ね礼拝のスタイルやデザインについて提案しているとも言えます。つまり教典の摺り合わせではないのです。多くの人は教典上の理屈が成り立てば、日本の土着化に大手を振って歩めると考えがちですが、私はそうは思いません。あくまでも生活のなかで考え礼拝する姿勢こそが主の民の在り方なのです。文化的キリスト教の歴史を逆行してトレースしている感もあります。
そういう意味では、私の教会観は「耶蘇村」というヴィジョンのなかで開放されています。礼拝の次にまず考えたのは、祭儀的生活という贖いと感謝の応答です。もちろんアイテムはまだまだ不足しており、実際の生活に耐えられるものではありません。タコ太夫さんの様々なアイディアはそのまま保持してスケッチしてみると良いかもしれません。行為は同じでもキリストを敬う人々。そういう幻を見つつ歩んでいきたいものです。
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